手紙
-26-
見つかってしまった。
絶対に見られたくなかった物を。
壮士に見つかってしまった。
歩は必死で、壮士から逃げようとしていた。
出さずにいた手紙。
いや、出せなかった手紙。
何度も、何度も、投函しようとして諦めた。
その内、“壮士への手紙”は、自分の心を吐露する手段に過ぎなくなった。
だが、誰にも見せないのだとは分かっていても、そこにさえ真実を書くことは出来なかったのだ。
ただ、最後の最後に、壮士を諦めると決めた時、全てを封印する意味で歩はやっと自分の本心を綴った。
あれは、知られてはならないものだった。
決して、壮士にだけは見せてはならないものだったのだ。
(いや、見ないでっ…。壮士、見ないでよッ)
自分が泣いていることも、裸足で飛び出してきたことも、歩は気がついていなかった。
闇雲に走り、気付いた時には自分の家から10分ほど離れた公園の傍に来ていた。
「おっとぉ…」
横から伸びてきた手にいきなり身体を捕まえられ、歩はハッとして我に返った。
「どしたの?歩ちゃん」
「あ……」
それは、あの不良グループの中でも1番背の高い男だった。
「あー、泣いてるー。どうした?苛められちゃった?」
すぐ傍から別の1人が声を掛けてきた。
気がつくと、いつものメンバーが揃っている。その全員に囲まれ、歩は怯えて彼らを見回した。
「歩ちゃん、裸足じゃん?どしたの?」
「誰かに追いかけられてんの?」
馬鹿にしているのか、小さい子に話し掛けるように彼らは口々に歩に話しかけてきた。
「な、なんでもな……、離して…」
震えながら、歩は自分の手を取り戻そうとして引っ張った。
だが、相手はびくともしない。
「裸足じゃ危ないよ。俺が負ぶってってやる。ね?」
「いっ、いいですっ。平気…」
「駄目だって。ほら、足の裏、切れてるんじゃねえ?」
「あー、大変だ。ほら、おんぶ、おんぶ」
「いやっ…、止めてよっ」
「いいじゃんよ。やっと歩ちゃんちが分かったからさ、これから誘いに行くトコだったんだぜー。丁度良かったよな?」
「え?」
ではやはり、あの時コンビニで出合ったのは偶然ではなかったのだろうか。彼らは執拗に、自分に狙いを定めていたのだろうか。
「ほら、おんぶして」
背中を向けた1人に、2人掛かりで歩は乗せられてしまった。
「嫌だッ、下ろしてよっ」
「大丈夫だって。送ってってやるからさ」
「足の手当てしないと。おまえ、そこのコンビニで絆創膏とか買ってこいや」
「おう」
返事をすると、1人が少し離れたコンビにまで走って行った。
背負われたまま他の2人に両脇から腕を掴まれ、歩は近くに停めてあったワンボックスカーの方へ連れて行かれた。
「いっ、イヤッ……。なに…?」
「大丈夫、大丈夫。足の手当てするだけだって」
彼らが何もしない訳がない。だったら、わざわざ自分の家を調べたりしない筈だ。
車に連れ込まれながら、歩は思わず助けを求めて壮士の名前を呼びそうになった。
そして、ハッとしてその名前を飲み込んだ。
今更、どうして壮士に助けなど求められるだろう。
もう何もかも終わったのに、まだ未練がましくその名前を呼ぼうとした自分に歩は呆れるしかなかった。
(もう、いいや……)
両腕を掴まれて、シートに押さえつけられながら、歩は目を閉じた。
(もう、どうでもいい…)
ガクンッ、とシートを倒され、歩はビクッと震えたが目を開けなかった。
「可愛いなぁ。見ろよ、足なんかすべすべ…」
短パンからむき出しの歩の脚を、両脇の2人がクスクス笑いながら撫でた。
「これだもんな、コッチもスベスベかと思っちまうって」
この前、賭けに負けた奴がそう言いながら歩の股間に手をやった。
ビクッとして、歩はギュッと拳を握った。
「……めて。俺、男だよ?こんなことして、何が楽しいの?」
すると3人は顔を見合わせてクスクスと笑った。
「男の子だってさー、歩ちゃんは特別じゃん?」
「特別…?」
歩は目を開けて、3人を見上げた。
「そうそ。可愛いしさー、男だなんて思えねえしー」
言いながら、指が歩のシャツの裾を引っ掛けてゆっくりと持ち上げた。
強張ったまま見上げている歩の耳に、ヒューと口笛の音が聞こえた。
「すげえ、乳首もピンクだ」
「いやっ…」
シャツを下ろそうとして歩が動こうとすると、その手首を掴んでいた男が力を込めてそれを阻んだ。
「いいじゃねえ。俺らと気持ちいいことしよう?」
ブルブルと歩は首を振った。
いけないこと。
それは異常なことだ。
自分は女ではないのに。
夢の中の壮士が、歩の脳裏に蘇った。
歩はいつも、男としてるんだろ?
「だめ……。駄目だよ…」
「んー?どうして?」
「また、壮士に嫌われる。そんなことしたら、また壮士が……」
「そうしー?誰だ?それ」
「誰ともしない。俺…、もう、誰とも…」
歩の様子がおかしい事に気付いたのか、不良たちが眉を顰めた。
その時、車のスライドドアが開いて、買い物に行った1人が帰って来た。
「買って来たぞ。絆創膏と、それから濡れティッシュ……」
だが、乗り込んだ途端、車が急に揺れ出した。
「なっ、なんだっ?」
4人が慌てて窓を開けると、誰かが力任せに車を揺すっていた。
「おいっ、てめえッ…」
いきり立った4人が車から降りると、車を揺すっていた男はサッと身を翻して運転席の方へ近寄った。そして、開け放してあったドアから腕を入れると強くクラクションを押した。
「うわっ、こらっ」
激しい騒音に4人は怯んだ。
鳴り続ける音に、近所の家の窓が次々と開く。
「やべえ…」
4人が車に乗り込もうとすると、クラクションを鳴らしていた男がスライドドアの前に立った。
「歩を返せッ」
「ちっ…」
残念そうに、だが、男たちは素直に歩を車から下ろした。
「ホリ……」
「アユッ」
呆然と見上げる歩を、堀尾はギュッと抱きしめた。
すると、すぐにエンジンが掛り、ワンボックスカーは走り去ってしまった。
「コンビニであいつを見かけて、なんだか嫌な胸騒ぎがして追って来たんだ。そしたら、車の中にアユの姿が見えたから…」
「…そう」
「アユ?大丈夫か?」
「うん…」
なんだか焦点の定まらない歩の様子に、堀尾は眉を顰めた。
だが、すぐに歩の足元に気付き、そこに膝をつくと背中を向けた。
「アユ、おぶされよ」
すると、歩は素直に堀尾の背中に捕まった。
堀尾が歩の背中に乗せて立ち上がった時、向こうから壮士が走って来るのが見えた。
「アユッ、歩ッ」
随分走ったのだろう。 傍まで来た壮士は、可哀想なほどに息を乱していた。
「アユ。良かった…」
堀尾が背負っているのが分かっている筈だったが、まるで歩しか見えていない様子で壮士は歩の方へ手を伸ばした。
すると、歩はビクッと震えて堀尾の背中にしがみ付いた。
「アユ?」
髪に触れようとして、壮士は手を止めた。
「おまえ、壮士だろ?」
「え…?」
初めてそこにいる事に気付いたように、壮士は堀尾を見た。
「ここじゃしょうがねえ。俺んち、すぐそこだし、アユは取り敢えずウチへ連れて行くから」
すると、壮士は激しく首を振った。
「駄目だっ。歩は熱があるんだ。俺が連れて帰るから…」
壮士はまるで、子供にそうするように両手を差し伸べた。
「帰ろう?アユ…」
すると、歩はフルッと首を振り、ますます堀尾の背中にしがみ付いた。
「アユ?」
戸惑う壮士の方に向き直ると、堀尾は険しい顔で彼を見た。
「何があったのか知らねえけど、熱があるのに家を出て来たなんて普通じゃねえだろ。それがおまえの所為なら、アユは帰す訳にいかない。大体、俺がもう少し遅かったら、どうなってたと…」
「嫌だッ、言わないでッ」
堀尾の言葉を遮り、歩が叫んだ。
知られたらまた壮士は呆れるに違いない。前の時と同じように怒り出すかも知れない。
歩は指が食い込むほどギュッと堀尾の肩を掴んだ。
堀尾も、以前の歩の言葉を思い出したのか口を噤んだ。
だが、腹立たしげに壮士を睨むのは止めなかった。
「何があった?」
壮士の方も険しい顔で堀尾を見て言った。
「アユが嫌だって言うなら、俺は何も言わない。兎に角、落ち着くまで俺の家に置く」
その言葉には答えず、壮士はまた堀尾の背中にいる歩を見た。
「アユ?俺と帰るよな?」
だが、歩は壮士を見ようとはせず、また僅かに首を振った。
「じゃあ、歩が落ち着いたら連絡するから…」
堀尾はそう言うと、歩を背負ったまま歩き出した。
「アユ…」
背中で、壮士の声がした。
だが、歩は振り返らなかった。