続 一緒に帰ろう


-4-

何を言っても、”うん”とか”そうだね”としか答えない七於を輪島は家まで送った。
門の前で、七於は一生懸命笑おうとした。
「ワジー、あの…、ありがと。俺、嬉しかった。また、ワジーとタコ焼き食べれて。…俺のこと、嫌いなのに、ごめんね?」
「七於っ」
両手で七於の腕を掴むと、輪島は身を屈めて目線を合わせた。
「俺がおまえのこと嫌いな訳ないだろう?頼むから、そんなこと言わないでくれ」
「う…、うん。ごめんね?俺、勘違いしてた。……ありがと、ワジー」
七於がそう言うと、輪島は手を離して笑い掛けた。
「明日、昼飯一緒に食おう。購買で、おまえの好きな卵サンドといちご牛乳買ってやるから」
そう言われても、七於はすぐに頷くことが出来なかった。
輪島の気持ちは嬉しかったが、それに甘えることが正しいことなのか分からなかったのだ。
「あり…がと…」
やっと七於がそう言うと、輪島はまた笑みを見せた。
見送ってくれている輪島を、玄関のドアの前でもう一度振り返り、七於は中へ入った。
部屋に行ってベッドに横になると、七於は眼を閉じて大きく息を吐いた。
輪島は自分を嫌っていないと言ってくれた。
また一緒に、昼食を食べようと言ってくれた。
「俺のこと、可哀相って思ったのかなぁ…」
以前は、輪島に優しくされることは嬉しいだけだった。だが、今では嬉しいよりも寂しいと感じてしまう。
「俺…、ちゃんと笑わなくちゃ…。俺の出来ること、それしかないもんなぁ……」
もう1度、深い溜め息をつくと、七於の閉じた瞼から涙が零れて伝い落ちた。



朝、今日も家の外で耀平が七於を待っていてくれた。
「朝飯、食ったか?」
何時もの様に訊かれ、七於は頷いた。
「うん、食べた」
答えて、一生懸命笑おうとしたが、自分を見る耀平の表情で、それが上手くいっていないことが分かった。
「昨日…、輪島となんかあったのか?」
心配そうに耀平に訊かれ、七於は彼を見上げた。
「んと…、タコ焼き食べたよ。”やまや”のタコ焼き、美味しかったー」
心配を掛けまいとして、七於は精一杯元気よく答えた。
「そうか…」
「うん。あ、耀ちゃん、今日のお昼はね、ワジーと食べる。購買に並んでくれるってー。卵サンドといちご牛乳買ってくれるってー」
「そうか。良かったな?」
そう言って、耀平は笑みを浮かべたが、七於のそれが空元気だと分かっているのか、その眼は心配そうな色をしていた。
昼休み、教室で待っているように七於に言い、輪島は一人で購買へ出かけて行った。
自分の席に座ってぼんやりしている七於をクラスメートが戸口で呼んだ。
「七於ー、先輩が用があるって」
「え…?」
先輩とは誰だろうと思ったが、七於は疑いもせずに戸口へ向かった。
すると、そこに居たのはあの3年生だった。
サッと、顔色を変え、七於は身を固くした。
「信田…」
逃げ出そうとした七於の手を、素早く掴むと、自分の方に引き寄せて3年生は小声で言った。
「逃げんな。なんもしねえよ。ちょっと、話させてくれ」
言われて、七於は何度も首を振った。
手を取り戻そうとして引っ張ったが、相手は大柄で力も強かった。
「頼む、信田。人が居る所ならいいだろ?中庭とか…。な?ほんとに話すだけだから」
その眼は真剣で、嘘をついているようには見えなかった。
今更、何を話したいというのか分からなかったが、七於は恐る恐る頷いた。
中庭は、日当たりもいいし、天気のいい日はここで昼食を食べる生徒も多い。だから、何も悪いことはされないだろう。
七於は栗原と名乗った3年生と一緒に、空いている芝生に恐々と腰を下ろした。
「昼飯は?」
訊かれて、七於は首を振った。
すると、栗原は持っていた袋からサンドイッチを出して七於に渡した。
「あ、ありがと…」
驚いて礼を言った七於に今度はコーヒー飲料を渡すと、自分も袋の中からパンを出した。
「あのな…」
話を始めようとして、栗原は口籠ると、言葉を探しているようだった。
七於はまだ彼が怖くて、顔を見ることが出来なかったが、彼が話始めるのをじっと待った。
「あの時のことは…、勿論、今更謝ろうが何しようが許されないって分かってる。だから俺は、白々しく謝罪しようと思っておまえに会いに来た訳じゃねえ」
言いながら、栗原はパックのコーヒー飲料にストローを刺した。
「けどな、このまま黙ってることはどうしても出来なかった。……他の奴らがどう思ってるかは知らねえ。あの直後、もう俺はヤツらとツルむのは止めたしな」
それを聞いて、七於は初めて顔を上げると、恐る恐る栗原を見上げた。
「けど俺は、あの後からずっと、自分のやったことの後味の悪さに悩んでた。おまえを見掛ける度に、胃の辺りがギリギリして、飯もあんま食いたくなくなってな。…まあ、やられた方のおまえの苦しみは、そんな生易しいもんじゃなかったろうけど」
言葉を切ってコーヒー飲料を一口飲むと、栗原は先を続けた。
「さっきも言ったけど、俺は許して欲しい訳じゃねえ。そんな甘いこと、期待してねえんだ。…けどな、このままおまえを無視して、自分のやったことを忘れようとしても無理だって分かったんだ。自分勝手だと思われても仕方ねえけど、俺は自分が楽になりたくて、おまえと話したかった。……いや、ただ、俺の話を聞いて欲しかった」
「楽に……?」
初めて栗原と眼を合わせ、七於は呟いた。
すると、栗原は頷いた。
「ああ。話して楽になりたかった」
見つめているのが辛くなり、七於は栗原から眼を逸らした。
「楽に…、なれる……?」
自分も話せば楽になれるのだろうか。
言ってしまえば、元の自分に戻れるのだろうか。
何も期待はしていない筈だ。
どうにかなりたいなんて、思っていない筈だ。
ただこの辛さを、何処かに置いて来られるなら、もう、それだけでよかった。
「どうかな…」
七於の問いに、栗原は疑わしげに言った。
「ただ、あの時のおまえは、俺にとってまるっきり知らないヤツで、人形と変わらなかった。けど、こうやって話せば、おまえは生きているんだって、生身なんだって思える。俺たちに壊されなくて良かったって、思うよ」
コクっと喉を鳴らして七於が見上げると、栗原はパンの袋を持って立ち上がった。
「俺が居ちゃ、食うもんも食えねえよな。じゃ、俺は行くから。付き合わせて悪かったな?」
七於は立ち上がると、立ち去る栗原の背中を見送った。
「七於ッ…」
自分を呼ぶ声がして、七於が振り返ると、息を切らせて輪島が走って来た。
「ワジー…」
輪島がパンを買いに行ってくれたことを思い出し、七於はハッとした。
「ごめんッ、ワジー」
七於の前まで来ると、輪島は両手で膝を掴んで屈み荒い息を整えようとした。
余程急いで来たのだろう。輪島の息は中々静まらなかった。
「ごめん、ごめんね?大丈夫?」
下から覗き込むようにして七於が言うと、輪島は眼を動かして七於を見た。
「おまえこそ…」
それだけ言って大きく息を吐くと、輪島はやっと身を起こした。
「おまえが栗原に呼び出されたって聞いて…。大丈夫か?何かまた…」
心配そうな顔でそう言うと、輪島は七於の眼を見つめた。
「ううん。何にもなかった。話しただけ。あと、パンくれた」
七於がサンドイッチを見せると、輪島は険しい顔をしてそれを見た。
「え…?話って、今更何の話だよっ」
吐き捨てる様に言った輪島に、七於は困り顔で言った。
「うーん…、良く分かんない。難しかった…」
「なに?」
訊き返した輪島に、七於は言った。
「でも、悪い人じゃなかった……と思う」
七於の言葉を聞いて、輪島の顔にサッと血の色が差した。
「何言ってんだ?あんなことしたヤツを許す気か?一体、おまえは何処までお人好しだよッ」
「ご、ごめん……」
七於が項垂れると、輪島はその肩に手を乗せて、七於の顔を覗き込んだ。
「……悪かった。おまえが悪い訳じゃねえ。ただ…」
七於が顔を上げると、輪島は少し怯えたような眼をしていた。
「おまえは綺麗過ぎて、時々、怖いんだよ…」
「ワジー……?」
綺麗って何だろう、と七於は思った。
綺麗なのは輪島の彼女の様な人だ。
自分は綺麗じゃない。綺麗じゃないから、好きになってもらえないのだ。
輪島と一緒にまた芝生に座り、七於は買って来てもらったサンドイッチを食べた。
卵サンドを味わいながら、さっきの栗原の言葉を思い出す。
話せば楽になれるかも知れないと、彼は言った。それなら、思い切って輪島に自分の気持ちを話せば、自分も楽になれるのだろうか。
「怖い…?俺…」
「え?」
もごもごと、サンドイッチを咀嚼しながら呟いた七於の声は小さ過ぎて、輪島には何を言ったのか分からなかった。
訊き返した輪島に、七於は首を振った。
「ううん…。貰ったパン、どうしよっかなって思って。俺、そんなに食べられないし」
七於が言うと、輪島はまた険しい顔になった。
「捨てちまえ」
乱暴な輪島の言葉に、七於は何故か、酷く悲しくなった。