fresh cream


真純と国分が楽しそうに話をしている。
それを目の前に見ながら、大樹は酷く焦っている自分を感じていた。
真純は話に夢中になって、自分が居る事を忘れてしまっているかのようだった。
少しも此方を見てくれない。それが悲しくて、真純の顔ばかりを見ていた。
「今日、部屋で待ってていい?」
とうとう耐え切れなくなって、大樹は2人の話に割って入るようにしてそう言った。
すると、一瞬驚いたような顔で、真純と国分が同時に大樹を見た。
まるで、大樹がまだそこに居た事に気付かなかったかのように。
「あ、ごめん。今日はライブの後で打ち上げもあるみたいだし、俺たちもそっちに参加しろって言われてるから…」
ちょっと困ったような顔で真純が言った。
「それでもいい。待ってちゃ駄目?」
「でも、ホントに何時に帰れるか分からないよ?」
「うん。いいよ、それでも」
大樹が答えると、目の端に、呆れたような顔で笑う国分が映った。
カッと、大樹の頭に血が上る。

なんで笑うのだ。
何が可笑しいのだ。
未練がましいとでも言いたいのか。

「じゃ、俺、行くわ。後でな、真純」
「あ、うん。じゃな…」
ポンと真純の肩を叩き、国分は飲み終えた紙コップを持って立ち上がった。
その後姿を見ながら大樹は言った。
「なんで、俺の事は誘ってくれないの?」
「え…?ライブ?」
真純はちょっと眉を寄せて怪訝そうな顔をした。
「だって大樹は、宮下たちと親しく無いだろ?それに、ロック、嫌いじゃん」
「…そうだけど…」
だが、例えそうでも声ぐらいは掛けて欲しかった。最初から、自分が真純の眼中に無かった事が悲しくて堪らないのだ。
「行きたかった?じゃ、一緒に行く?」
まるで、取って付けたように、そんな事を言わないで欲しい。
大樹は首を振った。
「ううん…。いい。部屋で待ってる」
「そう?けど、ホント、夜が明けるかも知れないよ。いいの?」
「うん。…いいよ」
それでも構わない。ちゃんと帰って来てくれるなら、何時まででも待っていようと大樹は思った。



大学を出て、一旦部屋に帰ると、大樹は支度をして真純の部屋へ向かった。
途中、夕食用にコンビニで買い物をし、パスタやら飲み物やらを買い込んだ。
そして、デザートのコーナーを通り掛って、ふとプリンが目に付いた。
真純はケーキ類を余り食べないが、生クリームの掛かったこのプリンだけは大好きだった。
大樹はそのプリンを2つ籠に入れるとレジへ向かった。



真純の部屋で、大樹は独りで録画してあったドラマを見た。
それから、パスタを温めて、独りで食べた。
お笑い番組を見て、洋画を見て、それから持って来た本を読んで、そしてまたTVを見た。
その合間に、何度も何度も時計を見て、そして、メールが来ないかと何度も携帯を開いて見た。
多分、ライブは9時には終わっただろう。
それから、打ち上げに行ったに違いない。
でも、1時か2時には帰って来るだろう。
“今から帰る”と、真純がメールをくれるのではないかと思った。
だが、2時を過ぎても携帯は鳴らなかった。
「打ち上げ…、盛り上がってんだ、きっと…」
そう思って、ホッと息をつくと大樹はまた面白くも無い深夜映画に視線を戻した。
なんとなく小腹が減って、大樹は立ち上がると冷蔵庫からさっき買って来たプリンをひとつ出した。
本当は、真純と一緒に食べようと思って取っておいた。
でも、きっと酔って帰って来るだろうし、今日はもう食べないかも知れない。そう思って、大樹はプリンの封を開けた。
コンビニで貰ったプラスティックのスプーンを袋から出し、プリンの中に差し入れようとした。
だが、結局またスプーンを置いてしまった。
もう少し待っていよう。
やっぱり、真純も食べるかも知れない。
そしたら一緒に食べよう。
その方がきっと美味しいに違いない。
そう思い直し、大樹はプリンをそこに置いたまま頬杖を突いた。
ぼんやりとTVの画面を見ていたが、やがて眠くなってテーブルに頬を預けた。
もう3時を過ぎた。
「遅いな…」
半分眠りに落ち掛かった声でそう呟くと、大樹は瞼を閉じた。



気付くと、TVからは朝のニュース番組の音が聞こえていた。
ハッとして起き上がり、大樹は回りを見回した。
何処も、何も、少しも変わっていない。真純が帰って来た気配は微塵も無かった。
大樹は傍にあった携帯を取って確かめて見た。
だが、真純からのメールは1通も来ていなかった。
「遅くなるって、言ってたんだもんな…」
自分を励ます為に呟いた言葉が余りにも空し過ぎて、大樹は声を震わせた。
待っているのを知っていたのに、真純は帰って来なかったのだ。
涙の溜まった目でふと見ると、目の前には結局食べなかったプリンがあった。
ツンと立っていた生クリームが、暖房の所為で溶け出してしまっていた。
溶けて、崩れて、元の形も分からない。
自分と真純もまた、もう、元のような関係ではなくなってしまったのだろうか。
昨日、学食で自分を笑った国分の顔を、大樹は突然思い出した。
グッと何かが込み上げる。
傍にあったスプーンを持ち、大樹はプリンの中央に突き刺した。
溶けたクリームに下から湧き上がってきたカラメルソースが混じってくる。
真っ白だったクリームは、どんどん茶色く変わっていった。
もう一方の手でカップを押さえると、大樹は力任せにグルグルとプリンを掻き回した。
プリンと、カラメルソースと、クリームと、全てが混じってドロドロになる。
自分の心の中も、きっと今はこんな色だろうと思った。