milk


学食の隅で、大樹は真純が来るのを待っていた。
約束した訳ではないが、火曜日には大抵この時間に現れるのでここで、待っていれば会えるだろうと思ったのだ。
昨日、真純がアルバイトがあるのを知っていて、我侭を言って休ませてしまった。
昨夜は自分の部屋に戻って来たが、別れる時、真純は不機嫌に見えた。
「怒ってる?」
そう訊くと、笑って首を振った。
「怒ってないって」
だが、その答えは嘘のような気がした。
授業が掛け違って今日はまだ会っていないが、大樹はもう1度真純に謝ろうと思って待っていたのだ。
謝って、もう我侭は言わないからと約束するつもりだった。
学食の入り口に真純の姿が見えて大樹は顔を上げた。
真純の方でもすぐに大樹に気付いたらしく、コーヒーの販売機の前で“飲むか?”と言う仕草をして見せた。
大樹が頷くと、真純も頷いて販売機の中にコインを入れ始めた。
(良かった…、怒ってない)
大樹はホッとして近付いてきた真純を見た。
紙コップに入ったコーヒーを2つ持って、真純は大樹の前に座った。
「ほら…」
「ありが…と…」
だが、目の前に置かれた紙コップを見て、大樹の言葉が不自然に止まった。
「ん?…あ、ごめん。間違った」
コーヒーにはミルクが入っていた。
何時もコーヒーはブラックで、大樹はミルクを入れたことは無い。すぐに、真純もそれに気付き、自分の分のブラックコーヒーと大樹のコップを取り替えた。
(間違えた…?誰と…?)
そう思ったが、大樹は無理に笑って見せた。
「いいよ、真純。俺、そっちで…」
「いいって、もう1個買うし…」
そう言って振り返った真純が、誰かの姿を見つけたらしく手を上げた。
「あっ、国分―ッ…」
その名を聞いて、大樹はギクリとした。
それは、大樹が今、気になって堪らない相手だった。
「ブラック1個買って?間違ってミルク入り買っちゃったから取り替えてくれよ」
真純が言うと、国分はOKと言う意味で手を上げて見せた。
ミルク入りのコーヒーは国分の好みだった。その事実を知って、大樹はテーブルの上に置いた手をギュッと握り締めた。
多分、大樹の知らない所で、何度も 真純は国分とコーヒーを飲んでいるのだろう。だからこそ、間違えたのだ。
一緒にコーヒーを飲んだ回数は自分の方が遥かに多い筈だった。それなのに、大樹の好みではなく、国分の好みの方が真純の頭の中には強く残っていたらしい。
(俺じゃなくて、国分なんだ…)
大樹は組んだ指を白くなるほど握り締めた。
「はいよ、ブラック」
コーヒーを持って国分がテーブルに来た。
「悪り、じゃ、こっちな」
「うん…」
ミルク入りのコーヒーを受け取ると、国分は当然のように真純の隣に腰を下ろした。
「2人ともブラックなん?」
「当然だろ?コーヒーに牛乳入れるなんて信じらんね」
わざと憎たらしい口調で真純が言うと、国分は呆れたように首を振った。
「へー?ココアは旨そうに飲む癖によ」
「それはココアだからだろ?ココアはいいんだよ」
訳の分からない真純の理屈に、国分はプッと吹き出して笑った。

明るくて皆から好かれる国分。
線が細くて、綺麗な顔をしている。

目の前に居る真純は、自分と2人だけで居る時より遥かに楽しそうに笑っていた。
「真純…」
自分の方を向いて欲しくて、大樹は話し掛けた。
「うん?」
「今日はバイトだっけ?」
「いや、今日は宮下たちのバンドの初ライブでさ、国分と冷やかしに行く約束なんだ」
「え…?」
驚いて、大樹は真純と国分を交互に見た。
(そんなこと…、いつ決まったの?)
「言わなかったっけ?」
訊かれて、大樹は咄嗟に首を振った。
「あ、ううん。そうだっけね。…忘れてた…」
国分の前で、知らないと言いたくなかった。だから大樹は嘘をついた。
(俺の知らないことが、もっといっぱいあるの…?)
そう思うと、悲しくて堪らなくなる。
国分と2人で楽しそうに今夜のライブの話を始めた真純を見て、大樹は泣きそうになっていた。

真純…、俺の事…、見て?